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アイカ現代建築セミナー

第44回 現代建築セミナー THE 44TH AICA SEMINAR IN CONTEMPORARY ARCHITECTURE

テーマ: 「近作について」
講 師: 妹島 和世
会 場: 1999年11月25日(名古屋市中小企業振興会館メインホール)

はじめに

 1987年の独立以来の作品のうち、最近5年間の作品を中心に説明します。まず独立した当初は建築の内部と外部を同等にとらえ、インテリアから考えるというアプローチをした。その後、建築の外部と内部は連続しないことも多く、スムーズに連続することはむずかしいと感じはじめ、しかし内外が完全に切れたものをデザインするのでなく、何とか連続性がありながら、距離ももてるものをつくりたいと考えた。それを日本の伝統的な縁側のような自然に内外がつながる干渉空間としてでなく、内外のそれぞれ違ったものがドッキングするための空間として回廊を取り入れてデザインした。しかし回廊プランはすべてに適用できるわけではないため、そこから発展して、境界面自体が不透明あるいは半透明なものが内外をドッキングさせるための空間にならないかと考えてやってきた。

 また構造については、はじめにまず構造体があって仕上げていくのでなく、構造自体もないようなものを考えていきたいということがデザインの底流にある。現在はプロジェクトの数が多いため、こうした考えをもちつつプロジェクト毎にある程度の幅をもたせ、比較的ランダムに自由にデザインしている。

岐阜県営住宅ハイタウン北方南ブロック妹島棟(1998年)

 磯崎新氏のコーディネートによる女性の建築家4人による430戸の公営住宅建替え計画のうちの10層108戸の集合住宅。計画着手から完成まで長い時間がかかったため、内部からという考え方が回廊型に変化しつつある時期にデザインした作品にあたる。さらに集合住宅のため、私の一連の作品のなかでは特殊な位置を占める。

 100戸のボリュームは大きいが、できるだけ薄くし穴を開けて立ちはだかった壁の間からも空が見えるよう、ある程度抜けた壁にしたいと考えた。薄くするためにほぼ境界線沿いに建ち、北西側に共用廊下、南東側にプライベートな縁側空間を配置。穴を開け、108戸すべてに少し外部を取り込んだテラスを設置。各戸は同じサイズのDK、個室、和室、テラスで構成するが、断面の組み合わせで微妙に異なる住戸タイプが生まれる。フラットタイプ以外にメゾネットタイプを約3割含む。ある固有のプランがこれからの家族の住まい方であるというのでなく、いろいろなタイプから選択できればいいと考えた。

 テラスはもうひとつの部屋として考え、大抵はDKの隣に位置し、おおらかな生活ができるように、少しでも生活に屋外スペースを取り込めるようにと考えた。玄関だけでなく出入口が複数ヵ所あることで、住み手のいろいろな生活スタイルにしたがって、内と外が多様に関われるようにと考えた。

S-HOUSE(1996年)

 高密度な住宅地に立地する2世帯6人家族の住まいだが、実験的な住宅で、厚い洋服を着るのでなく、薄い洋服を重ね着し、その着脱で調節するという住まい。内部と外部と中間領域としての回廊をもつ。施主は明るい住まいを希望。普通の木造の外側に2×4によるポリカーボネート板のスクリーン状の外皮というダブルスキン。プランは外周を回廊で囲み、どの部屋も2方向が回廊に面する。2層だが上下階ともに建具で覆われ、その開閉で光や風を入れる。

熊野古道なかへち美術館(1997年)

 展示室のまわりを回廊で囲むという考え方の町立美術館。日本画を中心に展示する美術館のため内部に外光が不要だが、展示室のコンクリートの箱がそのまま外観になると周辺の公園との調和に欠けるため、箱のまわりにガラスを巡らせ、バッファーゾーンとし、どこからでも出入りできるようにして公園との接点をつくり出した。雄大な自然に囲まれた立地を生かして正面のない建物とした。それ以前は建築的な考えをそのまま出すのでなく、機能的なことを形にしていたが、この作品あたりから建築的な思考が外にそのまま表れてもいいのではないかと考えるようになった。

 表情をもつ建築にしたいと考えて壁にもガラスにも半透明のフィルムを張り、自然の景色を写し取っている。ドット数で半透明と透明を操作し、外の景色の見え方も微妙に異なる。硬いガラスがフィルムでやわらかな材質感になった。回廊部分壁面に可動のホワイトボード・パネルをつけ、地域の人たちが参加できる展示ができるようにした。

飯田市小笠原資料館(1999年)

 同じ時期に設計した作品だが、工事着手に時間がかかり、完成は1999年。敷地内に重要文化財の書院だけが残る城山の中腹に位置し、背面は山で、下方には田畑が広がっているという敷地にどのような建物を建てるかがむずかしかった。重要文化財との距離や背面との関係で細長い建物形態は決まり、敷地そのものが歴史的な遺構であるため、建物を6本の柱で持ち上げている。斜路を上ると見上げていた書院の屋根が同じレベルで見え、エントランスホールにいたる。建物を自然の一要素にするため壁もガラス部分も含めて外側をもう1枚ガラスでカバーし、スケールが大きい自然に建築のスケールをそのままぶつけず、後ろの竹薮に合わせて木のイメージをプリントしている。

ひたち野リフレ(1998年)

 プランで示していたことをエレベーションで表現してみようとした時期の作品。JRの駅前広場に面して建つオフィスビルで、周辺の開発はこれからという地域に建つ。内部はいろいろな使われ方にフレキシブルに対応できるようルーズにしておき、外観は新しい街の顔としての表情をもたせるために、ガラスのルーバーのファサードとした。今後の街の変化にどう対応するか、街は見えているようで実は見えていない。そうした目に見えない環境をつくり出したいと考えた。反射面を使い分け、さらにルーバーの角度の調節で、空から地上のものまで映し込み、ファサード上で再構成できると考えたが、駅ビルや駅前デッキができ、結果としてルーバーの角度を少し上向きにして空だけが映るようにした。

古河総合公園飲食施設(1998年)

 オフィスビルの設計が2件続き、ある段階から先は使う人が考えるという事態にぶつかり、そうでなく設計者がもう少し踏み込むというか、使い手の好きにするということへの疑問を多少感じていた時期に設計した作品。全体を建築としてつくり、内部は可動間仕切りで分けるという考え方でなく、つまり構造と仕上げをはじめから分けるのでなく、物理的な場は動かなくても、ソフトの部分で動くというか、目に見えないところで柔軟な対応ができるのではないか、またそのような場のデザインが可能ではないかと考えはじめてこれを設計した。公園内の休憩施設で、インテリアとエクステリアが半々の施設として建てた。したがって都市では考えられないような、細い柱が林立する林のような施設をイメージし、いわゆる合理的な建物とは違ったものを目指した。4枚だけ挿入した耐震用のステンレス鏡面仕上げのパネルにまわりの風景が映し出され、インテリアの一部を構成している。

イリノイ工科大学学生センター(コンペ案)

 ミース・ファン・デル・ローエのマスタープランに基づいて整備されたキャンパスで、クラウンホールなどが建つアカデミックゾーンと、その後に買い足されたレジデンシャルゾーンの間にシカゴ名物の高架鉄道が走り、その下は現在は駐車場に使われているが、ここに両ゾーンの連結及び鉄道の騒音を抑える目的の施設計画のコンペ。ミースの都市グリッドは尊重して建築のグリッドとし、鉄道より下を使うため低い建物になるが中庭によってゾーン分けをする、騒音対策として鉄道にガラスのカバーをつける、6mスパンで細い柱を均等に立て、均質でありながら差異をつくり出す、構造は薄くして間仕切りを厚くする、というのがコンペ案の趣旨。

サレルノ市旧市街再生計画(コンペ案)

 1997年から1999年にかけてはコンペばかりやっていた。南イタリアのサレルノ市の旧市街再生計画のコンペ。中世の都市の典型として、北側が海に面した斜面に立地し、建築と自然が一体になっている。東西方向の道は等高線に沿って比較的なだらかだが、南北方向は急峻。それを歩きやすくすることが課題だが、動力を使う資金はなし、という状況だった。薬草栽培の盛んな街なので市が取り壊しを予定している建物をガラスの箱のハーブ・ミュージアムとし、小道を整備して上下レベルを楽しくつなぎ、街全体を楽しく歩ける公園都市のようにすることを提案した。

ローマ国立現代美術館(コンペ案)

 ザハ・ハディドが入選したコンペで、ローマ中心地から北東に少し離れて位置する工場跡地にあり、19世紀の既存棟を壊しても活用してもいいという課題であった。私たちは既存棟をすべて残して生かすという提案にした。建築的にはそれほど価値のあるものではないが、既存の倉庫を屋根以外を残し、その間をガラスの廊下でつなぎ、結果として全体をガラスでくるむようにする計画。また新旧建物の間に約80cmの空隙をつくり、そこでもいろいろなインスターレーションを可能にする。

アルメラ市のスタッドシアター(コンペ入選案)

 レム・コールハース氏のマスタープランにしたがって計画中の建物で、アムステルダムのベッドタウンとして発展した新しい街アルメラ市の人造湖に建つ劇場と文化施設などのコンプレックス。コンペはサレルノより前にやり1999年春に入選し、目下調整中で2000年はじめより設計に入る。周辺ではホテルや集合住宅や映画館がすでに着工し、美術館はこれからコンペになるところ。ここではすべての部屋を等しく並べたいと考え、大きな部屋も小さな部屋も同じに、かつ構造も仕上げ材も同じ厚みでつくりたいと試みたもの。廊下はなくホール状の空間を含めて各部屋が延々とつながりながら内外の関係ももたせていくが、それを構造的には厚さ60mmのパネルでつくろうとしている。ただし構造的にはクリアーできても解決していかなければいけない問題は実施設計段階で発生すると思う。

設計中あるいは工事中のプロジェクト4題

2000年初めに着工予定、あるいは工事中のプロジェクトを4題。

 奈良に建つ店舗併用住宅で、保存地域のはずれに位置し、突然、都市計画道路に面することになったために、従来の細い道路側がサブになった。また太い道路側の南面は傾斜があるため、それと平行に薄い片流れ屋根とし、かつ駐車場を階下に設置するための階高調整をしている。平面的には隣地側に中庭をとり、騒音の多い道路側はできるだけ閉じている。

 東京・原宿に建つ家具のショールームで、地上3層を均等に割らず、スロープを採用することで天井高に高低差をつくりだす工夫をしている。両端の壁と天井が構造材となり、柱は鉛直方向の荷重だけを担う。

 東京の中心地に建つ若い夫婦のための住宅で、6m×6mの敷地に半地下+地上3層。らせん階段を中心に配置するが、狭い階と広い階をつくり、2階に建ぺい率いっぱいのLDKを、その上に寝室、最上階にテラスと水まわり、1階にゲストルーム、半地下に駐車場という構成。鉄骨のフレームのコアのまわりにコンクリートスラブが4枚浮き、パイプでつなぐという構造。

 最後が横浜市にもう少しで完成する六ツ川地域ケアプラザで、ひな壇状に上がっていく北斜面の住宅地で東西に長い敷地。細長い建物の中央に玄関があり、奥にデイケアセンター、手前にコミュニティ活動の場となる多目的室とオフィスを配置。横浜市では細かいマニュアルが決まっており、自由にできる部分は少なかったが、各部屋を固定するのでなく、流れとつながりがあるようにしたいと考えた。いちばん奥の浴室、その手前のトイレ、食堂にかけてゆったりとした流れのある空間にしている。均等に採光をとるため南北両側をガラス面とし、一部後ろにパネルを立てている。当初は厚さ60mmのガラス壁を想定したが結局30mmとなり、黒と白の線をシルク印刷し、透過度の異なりによりスダレを吊るしたようなインテリアを創出。構造は中央のコア空間を支えとするやじろべえ方式

質疑応答

質問1
伊東豊雄建築設計事務所に勤務されていた当時は、どういう気持ちで勤務されていたのかをお聞きしたい。

妹島
 私がいた頃はまだスタッフが4~5人の事務所で、小さな事務所に勤めるということは、当然数年したら自分でやり始めることだというのは漠然と考えていた。ちょうど私が在籍した頃が伊東さんの仕事が最も少ない時期で、1年に1軒住宅があるぐらいで、それを全員で議論したりという、非常にぜいたくな時期でもあった。そんななかで私はいつも伊東さんに怒られてばかりで、毎日「もう辞めようかな」という思いだった。しかし、伊東さんが光の変容体から風の変容体に移り変わる時期にあたり、その辺のことを体験できて面白かったことはたしかです。

質問2
最近の書物や対談などにフレキシブルという言葉がよく出てきて、そのなかで「フレキシブルを突き詰めると建築も建築家もなくなる」というようなことを発言しておられる。今日の話から妹島さんのフレキシブルや柔軟性の裏にあるバックボーンは何かをお聞きしたい。

妹島
 友人に「それほどフレキシブルにつくらなくてもフレキシブルに使えるものだよ」といわれたことが元々のスタートだから、私自身にも解答がわかっていることではない。ただ実際に動くか動かないかでフレキシブルと考えることは違うだろうと思っている。事務所の経験として昔はワンルームにいれば皆でわかり合えると思っていたが、ここ数年の情報化空間化というかメールと携帯電話の普及でもはやそうではなくなり、同じ空間にいても従来は自然にわかりあえたことが、もうそうではなくなっている。私が建築の勉強をした頃の神話がもう通じなくなっている。建築家がやれることはどんどん少なくなっているという悲観的な反面、現代のコミュニケーションの場とは何なのか、まだやれることがどこかにあるはずという気持ちもある。実際に動くこともまだあるが、動かなくても同じ場所にいても違う空間にいるような関係が確実に増えている。見えない環境というのはその辺のことを指す。また大都市と地方の自然のなかに住む人が情報機器のおかげで同じ価値観をもっていたりもする。都市と自然をわけることもできなくなり、ここにも目で見える環境と見えない環境が存在する。そうしたことが空間に影響を及ぼしはじめているわけで、その辺に視点において考え、設計していきたいと思っている。どうもありがとうございました。

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