1. 建築・設計関係の方
  2. 株主・投資家の方

※品番や柄名を入力してください。数字品番は完全一致のみです。
※廃番後1年まで検索できます。サイト内検索はこちらから

アイカ現代建築セミナー

第60回 現代建築セミナー THE 60TH AICA SEMINAR IN CONTEMPORARY ARCHITECTURE

テーマ: 「小さな建築」 
講 師: 隈 研吾 (≫講師プロフィール
日 時: 2014年7月17日
会 場: 東京(メルパルクホール)

はじめに

みなさんこんばんは。
 今日は「小さな建築」というタイトルを掲げてお話をします。何が小さいかということを皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
全体が大きい小さいという建築はあるのですが、人間に対して建築が大きく感じられる、小さく感じられるというのは全体の大きさだけではないんじゃないか、そんな話もしていきたいと思います。
一番最初のヒントになるのは、1755年におきたリスボン大地震です。当時を描いた絵を見るとリスボンの街は火災がおこり、津波で多くの船がひっくりかえっています。この大災害がヨーロッパの歴史を転換させたという人もいます。それと同じくらいのインパクトがあったのが3.11だという議論もなされました。では、災害がどういうインパクトがあって歴史をどう変えたのか。
リスボンのこのときの死者は6万人です。3.11が2万人です。そこから考えると、当時の人口は7億人で現在の10分の1ですから、今の70億人からすると60万人が亡くなったくらいの大災害です。当然ヨーロッパ中が大変なパニックになりました。こんな大災害が一つの都市を襲ったことがなかったので、神が自分たちを見捨てたのではないか、もう自分たちで身を守るしかないという空気が生まれました。近代科学、近代産業、近代建築も含めてすべてリスボンの大地震から始まったという人さえいます。
さらに人間のための政治をしなくてはいけないと、民主主義がこれをきっかけに大きく盛りあがり、30年後のフランス革命(1789年)もリスボン大地震がなければなかっただろう、と言う人もいます。そのくらい、このリスボン大地震は大きなインパクトを与えました。
都市とか建築で言うと、このリスボンの街は建物がごちゃごちゃしていて、道も狭く、それで火災による被害が拡大したわけです。これは僕は小さい都市だということだ思います。リスボンの後、大きな都市をつくらなくてはいけない、道幅を広げなくてはいけない、広場も大きいものをつくらなくてはいけない、建物も頑丈にしなくてはいけない、小さい都市から大きい都市への転換がこのリスボン大地震をきっかけにおこるわけです。代表的なのが19世紀のフランスの都市です。ナポレオン3世のパリの大改造をご存知の人もいると思います。
19世紀の半ばにシカゴの大火がおきて、いよいよ大きな建築への流れが加速されるわけです。20世紀半ばには、特にシカゴ、ニューヨークで超高層ブームがおきて、アメリカは一挙にヨーロッパを抜き去り世界の覇権を握ります。
リスボン、シカゴの大火というように災害のたびに大きな建築へと流れてきたのが人間の歴史だったように思います。
その後、2011年3月11日に東日本大震災が発生します。ではこれがどのように歴史を変えていくのか、ということを皆さんと考えられたらと思います。
結論から言いますと、大きい建築に代わって小さい建築へという流れが決定的になったのではないかと思います。大きい建築というのは、超高層ビルそして大都市中心というやり方です。大きな建築を作ればいいというのは、いかにもろいか、3.11が教えてくれたような気がします。私は震災後、現地に行きましたが、その証拠にコンクリートの建築でも鉄骨の建築でも海際に建っているものは全部だめでした。しかし、丘の上の木造の小さな建物はなんということはなしに建っている。これは小さいものでも自然を配慮して、自然の循環にのったものだったら強いんだ。小さいものの強さというのが3.11の大きな教訓だったと感じています。

「馬頭広重美術館」 2000 栃木

 その小さいものの力について私が考えはじめたのは、栃木の馬頭広重美術館を設計していた時です。なんでもない切妻の建物ですが、材料が特別です。屋根の材は地元の裏山から持ってきたスギです。特別な処理をして燃えなく、腐らなくしました。東西に細長い美術館の北側は里山で、神社があります。南には建物に並行して奥州街道がはしっています。この、集落が里山のちょうど縁(へり)にあるという構造は日本の集落の典型的な都市構造です。どうして平野の真ん中ではなく、わざわざ里山の縁に寄生するように集落をつくったのか。それには理由があります。里山が生活すべての基盤だったからです。これは緑があったからというのではなく、里山の木が建築材料ですし、あらゆる生活の材料を山からとってきていました。エネルギーもそうです。当時は電気もガスもありませんから、里山の木を薪にして料理をしてお風呂にも入っていました。そのように唯一のエネルギー源が里山でした。農作物を作るのも里山の堆肥を使っていたので、里山がないと農業すらできなかった。そのために里山に「里山を破壊したら自分たちの生活はない」、というメッセージを込めて神社を建てたのです。ところが20世紀にどうなったか。東京の方ばかりを見ればよくなったのです。東京から材料や肥料、エネルギーが来る。実は農業も東京に依存しています。そうして里山は荒れ放題になりました。この馬頭町の神社も廃墟になっていました。そういう状態になってしまってこの町はこれからどうやって生きていくのか。私は、この美術館をつくるときに「里山を向いてつくりましょう」と言ったのです。実は町長と意見が対立しました。町長は町側(南)に向けて駐車場をつくり、その駐車場に向かって建物をつくってください、と言われたのです。これは20世紀型の考え方ですね。そうすると里山側は搬入庫やゴミ置き場になり裏口になります。僕は、「それはもったいない、せっかく緑の里山があるから、里山を向いて入口をつくって、南北に建物を通り抜ける穴を開けましょう」と言いました。町長とはもめましたが、できあがったら町長もわかってくれて、「きれいだな」と言ってくださいました。
材料は可能な限り里山から持ってこよう。里山でとれる八溝スギを屋根や建物を覆う格子状のルーバーなどに使っています。中で使っている和紙も地元のもので、地元の職人さんがつくっています。石も近くの石切場から持ってきました。そうすると、町の人がこのプロジェクトを見る目が違ってきます。そうしないと東京の人間が来て勝手なことやって、東京の材料で東京のゼネコンを使ってつくったということになるわけです。地元の職人、材料を使うと、「あれ、俺たちと関係のあるプロジェクトだな」と工事のときからなんとなく違った目で見てくれます。完成してからも自分たちのプロジェクトだと見てくれる。これは建築にとって決定的に違うことだと思います。あらためて、大都市に依存している大きな建築は、実は弱いのではないか。小さなコミュニティに密着している小さな建築をうまくつくれたら、それは本当に強いのではないかと、この建物で考えはじめました。

「千鳥」2007 ミラノ イタリア

 木は本当に面白い。僕にとって思いで深い建物のひとつが、ミラノにある貴族のお城の中庭につくった木のパビリオンです。全体は小さいですが、さらにそれを構成する一つひとつの部材がすごく細くて太さが3cmしかありません。3cmの部材に切り込みを入れて組んでいきます。もとになっているのは、千鳥という組み木のおもちゃで、飛騨高山に行くとお店で売っています。その組み木で建築ができないかと考えてつくりました。太さ3cmの木に切れ込みを入れると1cmしか残りません。1cmの厚さでつながっていて、それを3本重ねてひねると固まります。この材料を東京から持っていって、学生たちが糊も釘もボルトも使わずにパビリオンをつくりました。終わったら解体して、今は飛騨高山にある芦原義信先生が設計した飛騨・世界生活文化センターのロビーに置いてあります。チャンスがあったら見て下さい。

「GCプロソミュージアム・リサーチセンター」2010 愛知

 小さな単位でできていると建物がやさしく感じられます。人間にとって3cmの棒は華奢でしょう。それが建物を構成しているととてもかわいらしく感じられるということが分かったので、なんとか本当の建築を組み木でつくれないか。構造家の佐藤淳さんの大学の研究室で、何センチの木だったらどのくらいの重さまでもつかの実験をしました。佐藤さんは6cm×6cmの木だったら10mの建物を支えられると言います。6cmの木を組んだグリッドのピッチは50cmで、高さが10m。それでつくったのが愛知県の春日井にあるGCミュージアムです。千鳥の原理でつくることができました。
外部に出ている木の先端部(断面)は腐りやすいので白い塗料を塗っています。

「梼原木橋ミュージアム」2010 高知

 次は木の橋です。高知県の梼原(ゆすはら)で同じように細い部材を組み合わせた大スパンの構造体づくりに挑戦しました。僕はここと1990年代の初めから付き合いがあって、親戚のようになった林業の町です。木でいろんなことをやっていきたいと考えている面白い町です。橋を支えるので一つの部材がある程度の寸法にはなってしまいますが、これでも十分大スパンの橋がつくれます。木は腐るから木の橋には屋根を掛けることが多いんです。屋根を架けるとその中には室内をつくれるから、展示空間にして木橋(もっきょう)美術館と呼ぶことにしました。橋のたもとには、木の骨組みの中で人が暮らせるようにしようと、アートインレジデンスとしてアーティストが住めるようにしました。全体としては結構な大きさですが、人間にとって親しみがあるのは、その一個一個が小さいだけではなく、木でできているからなのです。同じ大きさでも、これが鉄でできていたら痛そうな感じがして、こんなかわいらしさ、小ささは感じられないと思います。ですから、大きさ小ささはサイズだけの問題ではなくて、材料がもっている質感や重量が大事なのではないかということがなんとなく分かってきました。

「マルシェ・ユスハラ」2010 高知

 同じ梼原で続けて頼まれたのが町営のホテルです。どんなホテルにしようかと思い歩き回って山の中で見つけたのが茶堂(ちゃどう)です。これは旅人が来たときのおもてなしの空間だったそうです。梼原に64残っています。なぜこんなところでお茶をもてなしたかというと、司馬遼太郎は、梼原の人はここで情報収集をしていたと言います。梼原は高知でも一番深い山の中で情報が入らないから、旅人が来たらお茶を出して今町では何が起きているのか聞いていたそうです。
実際にホテルをつくるときに、茅葺きが良いと思い、茅で3階建ての建物を覆うことにしました。一個一個の茅の束が小さくて柔らかいことが重要なのですが、つくる方は大変だったようです。余談ですが、建築基準法では3階建ての特殊建築物には外壁に茅を使えないんです。ですからここでは茅は外壁ではなく茅の束一個一個を回転させて風が入るようにしています。このように建具にすることで建築基準法を突破することができました。裏から見るとわかりますが、一個一個のユニットに心棒が入っていて回転するようになっています。中では地元の野菜を売っていてホテルの名前も「マルシェ・ユスハラ」です。新鮮な野菜の脇で食事を作ってもらえる、とても健康的なホテルです。

「スターバックスコーヒー 太宰府天満宮表参道店」2012 福岡

 次はスターバックスです。企業としては大きいですが、ここは小ささをテーマにしました。太宰府天満宮の参道にお店があります。太宰府にふさわしいスターバックスに、と依頼されました。まさか依頼した人はこんな面倒くさいものをやるとは考えていなかったと思います。僕はインテリアを少し凝るだけではいやだったので、建物を木の骨組みで全部つくろうと思いました。この木の骨組みで構造体をつくる。先に話したGCミュージアムは木材を直角に組んでつくっていましたが、ここは木材を30度の角度で斜めに組み上げました。図面で描くのも大変ですが、つくるのはもっと大変です。木を30度で横に組んで、ドリフトピンを差して固めていきます。店は細長いので奥の方へ誘われるようになっています。奥には梅の木のある庭が見えます。さすがに他の店舗よりだいぶ割高になったので、珈琲何十万杯分のお金が無駄になったとか言われましたが、できあがったら話題になってお客さんも来て、イギリスの新聞にも掲載されました。スターバックス全店舗の中でも大変話題になっているようです。

「サニーヒルズジャパン」2013 東京

 台湾のパイナップルケーキ屋さんです。場所は東京の青山で、私の事務所からもわりと近いです。台湾から突然パイナップルケーキ屋さんが訪ねて来て、まずパイナップルケーキを食べてくださいと言われました。とても美味しいです。美味しいわけで、めちゃめちゃ高いんです。台湾で普通にパイナップルケーキがありますが、その倍以上します。彼らは普通のパイナップルケーキとは材料が違うと言っています。台湾では爆発的な人気で急激に成長して、世界進出したいということで日本に店をつくるために来たんですね。僕は設計のアイデアがすぐに出るときと、時間がかかるときがありますが、この仕事では、パイナップルケーキを食べさせられて、「敷地がここです」と言われたときにほとんどこの形が頭の中に浮かびました。あのスターバックスの骨組みを縦に向ければパイナップルに似てるなと思ったわけです。しかし、実際に図面を描いて計算するのは大変でした。というのは、これでスラブが3つある3階建ての建物を支えようとしたからです。木の骨組みでできた都市の中の森みたいなものをつくろうとしました。
一度組んだら抜けられない地獄組という組み方でつくっています。普通の木の骨組みは、二つのものをしゃくって組みます。それは組んでも抜こうと思うと抜けます。それにもう1本入れると組み方にもよりますが、3本目が鍵の役目を果たして抜けなくなります。どういう時に使うかというと、木の格子戸や障子に地獄組を使うと抜けなくなって強くなるので昔から使われていました。この組み方を建物の構造体に使おうと言ったのが構造の佐藤淳さんです。僕はそれは面白いと言って図面を描く前に模型で確かめながらやっていきました。これに使用した木は6cm角です。つくってくれる建設会社がなかなか見つからなくて苦労しました。

「台東区立浅草文化観光センター」2012 東京

 浅草のプロジェクトです。仲見世の突き当たり、雷門の向かい側の敷地です。これは小さい建築の例として一番わかりやすいものです。建物全体は高さ40mです。普通にやると40mのペンシルビルみたいになりますが、われわれは、7個の木造の平屋が重なった案をコンペに出しました。一個一個が木造の庭付きの家のようになるのではないか。ビルの上にいるのではなくて、木造の家の中にいるような感じになります。しかも床と下の屋根の間の三角形の隙間に設備関係を置けるので、天井が高くとれます。一個一個が木造の小ささがあるうえに有効利用ができるというメリットがあります。床が斜めになっている部屋は寄席になっています。客席からはガラス越しに仲見世が見渡せて寄席を見ることができます。西日を除けるための格子も本物の木を使っています。
建物本体の骨は、残念ながら4本の鉄骨です。技術的には全部木でつくることができますが許可に時間がかかることもあり鉄骨になりました。地下に下りるとトイレがあり、壁面は不燃のメラミン化粧板に江戸小紋をプリントしてつくりました。屋上にはテラスがあってカフェがあります。夜8時まで8階の屋上テラスではお酒も出ます。
40mあるけれど小さく感じられるようにしようというのがこのタワーの狙いでした。

「アオーレ長岡」2012 新潟

 長岡の市役所、これも僕にとって小さい建物です。
まず、町の真ん中に市役所を持ってくるところから始めました。地方ではシャッター通りができ、中心市街地の空洞化を聞いたことがあると思いますが、このあたりも空洞化しています。なぜかと言うと町のはずれに大きなショッピングセンターができて、町のはずれの大きな敷地に市役所、美術館ができているからです。大きさを求めるとどうしても町の外れに出てしまいます。市長さんはそこで、何とか町の真ん中に市役所を持ってきたいと考えました。しかしそうすると何が起こるかというと、敷地が小さくて市役所の機能すべては入りきらないんです。しかし市長さんは、入り切らなくていいじゃないか、周囲のビルを借りればいいじゃないか、と言ったのです。僕は市長さんはすごいと思いました。ビルを借りれば周りの人は喜ぶし、職員もこのあたりを歩き回るので町も賑やかになっていいじゃないか、と言ったわけです。市長の英断があって町の真ん中に市役所をつくることになり、コンペがありました。僕たちは「土間」というアイデアを出しました。
土間のいいところは三和土(たたき)になっていて土が感じられる。食べるところ、料理するところが一体になって作業場でもあり、何をやってもよいのが土間なんですね。玄関は別にあってもっとフォーマルです。僕たちは玄関をつくりませんでした。普通市役所は黒塗りの車が止まる玄関があります。僕たちは玄関をなくして土間だけにしました。雪国だから屋根があって、木洩れ日で囲われた市役所にしようという案を出し選ばれました。壁や天井に使用した木のパネルの材料も節だらけの木です。材料は敷地から15km以内のものだけを使うというルールを作り、長岡の越後スギを使います。よく見ると節だらけで寸法も違い、皮もついています。これを原寸の模型をつくって町の人に見せたら、ものすごく評判が悪かったのです。風呂場の簀の子だとか、長岡には節のない木があるはずなのになんでわざわざ節のある木を使って長岡の恥をさらすのか、といろいろ言われました。しかしこうしたのには理由があります。これをきれいな木でつくって、遠くから見ると木に見えなくなってしまいます。近くで見たら確かにきれいな木に見えますが、遠くから見るとビニールクロスのように見えてしまいます。だから、簀の子と言われようと、長岡の恥と言われようとこれでいきました。建物ができたらみんなにすごく喜ばれています。
子ども達はここが楽しいからと宿題をしに来るんです。お年寄りたちもここに来て夜までたむろしています。そして屋台をつくって飲み食いするところもちょっとだけつくりました。ちょっとだけというのがコツで、ここにレストランをつくるという話もでましたが、それでは建物の中で完結してしまうので外に出なくなってしまいます。そうすると町が死んでしまいます。ですからここは小さなハンバーガー屋と小さなコンビニだけで、ほんとうに食べたい人は外へ行って食べたり飲んだりしてもらうようにしています。屋根には太陽光パネルが載っていて、コンピューターで開閉できるようにしています。
土間の奥は開閉式で、開けるとアリーナがあって、いつでも卓球ができるようになっています。スポーツ大会にももちろん使いますが、いつでも卓球ができる市役所は楽しいし、僕も宿題をしに来たくなります。市長さんが偉いのは、市役所だけでも足りないのに、アリーナとかNPOの人たちが踊りやハワイアンをする部屋をつくって人が集まるようにしたことです。
議会などを開く議場は1階の土間に面して一部ガラス張りです。市役所でいろんな提案をしましたが一番怒られたのはこの議場です。議員の人たちが東京の事務所まで来て、「議場が1階でガラス張りというのはありえない。議場は最上階に設けるべきもので権威の象徴だ、他の市役所も見てくれ」と言われました。議員さんにも一理あるとは思いましたが、これからは開かれた政治が求められますから、開かれた議場にしましょうと言いました。今はみなさん喜んでくれています。
材料についても、さきほど同じ大きさでも重い材料と軽い材料を使う場合、固い材料と柔らかい材料を使う場合では全然違うと言いました。和紙は軽い材料の極地です。このあたりには、雪ざらしと言って雪の中において白くする和紙があります。これを三和土の壁に使ったり、柿渋を塗った和紙の椅子も我々がつくりました。
このあたりの農家で栃尾紬(つむぎ)という特産品をつくっています。紬はシルクなんですが、あまりてかてかするのは品がないと言ってわざわざ木綿のように見せるのが紬なんです。その紬を使って窓口のカウンターをつくりました。土の床に紬のカウンターです。役所らしからぬ優しい場所になっています。

この長岡の建物は小ささの集大成だったのですが、全体としては大きな市役所です。
他にも、本当に小さなプロジェクトでも僕たちは大好きでよく引き受けてやっています。たいてい展覧会とか美術館のために頼まれて、設計事務所としては収入にもならないですが、実はめちゃめちゃ楽しいのです。楽しいしそこからいろいろなアイデアが自分たちからも出てくるので、ついつい誘惑に負けて引き受けてしまいます。それをいくつか紹介します。

「ストーン カード キャッスル」2007 ヴェローナ イタリア

 カードキャッスルという、トランプを3角形に積んでいくゲームがありますが、それを石でつくろうということになりました。イタリアの石屋さんから自分たちの山で採れた、ピエトロ・セレーナという石でパビリオンをつくってほしいと依頼されました。すべて1cmの厚みの石です。イタリアの石屋さんは日本の木の大工のように素晴らしい技をもっています。

「Aluminium Card」2009 富山

 三角形は面白いと思い、富山県高岡市の金屋町ではこれをアルミでつくることになりました。金屋町は、昔は銅の鋳造で栄えた町です。毎年ここで富山でつくられたものを売る物産市があって、そのためのデザインをすることになり、アルミの板を三角形に繋いでいく着脱式の什器をつくりました。それを木造の繊細な建物の前に置きましたがアルミの什器と意外に相性がいいのです。
組み合わせるのも外すのも簡単にできるようになっています。軽いので畳の部屋にも簡単に置くことができます。アルミは鉄よりも軽いから、僕が言っている小ささに入っています。
これに味をしめて、富山大の学生たちとアルミの三角形を使って家をつくりました。これは家具と家の中間ぐらいで、地面に直角でまっすぐな壁がなくていろんな断面があります。それぞれの断面が家の役割をしています。同じユニットを使って、テーブルもキッチンもつくることができます。

「ルシアン ペラフィネ心斎橋店」2009 大阪

 次は心斎橋のブティックです。これまでと原理は同じで、アルミのジョイントにベニヤの板をはめこんでつくっています。木の形を変えると同じ型材なのに洞窟のようなものも自由に作れることがわかりました。

「Ceramic Cloud」2010 レッジョ・エミリア イタリア

 イタリア、レッジョ・エミリアでのタイルのプロジェクトです。ここはタイル産業の町です。町の交差点の真ん中に、タイルでモニュメントをつくってほしいと頼まれました。普通ならコンクリートで形をつくって、そこにタイルを張ります。僕には、それは大きい時代のモニュメントの感じがしていやだったので、タイル自身を構造にしてモニュメントをつくろうと考えました。そこでタイルを持ち帰って、どれくらいの強度があるのか構造の検査をして、4mの建物なら可能だということがわかりました。そして、透け透けのなるべく軽い感じのモニュメントにしようと思いました。さすがに縦方向はタイルだけではつくることができないので、ステンレスのパイプを入れています。細いステンレスのパイプを縦糸に、横糸をタイルにしてつくっています。雲のように光の当たり方や時間によってまったく違うように見えるのでセラミック・クラウドと呼んでいます。

「新津 知・芸術館」2012 中国

 中国の瓦を使った建物です。今ではすっかり中国の瓦のファンになっています。日本の瓦は今は工業製品で、台風が来ても飛ばないように重くなっています。ところが中国の瓦は、いまだにほとんど野焼きでつくっていて、ぺらぺらなんです。田んぼの真ん中に藁で山をつくって、瓦を焼いています。その中国の瓦に穴を開けてワイヤーでとめてガラスのファサードをおおうように吊しています。茶室は瓦を積み重ねるようにして壁をつくっています。

「KXK」2005 東京

 次は究極の小さい建築です。形状記憶合金でできた、温度で形が変わる建築。温度によって形を記憶させることができる合金です。ある構造の先生の発表会につきあったことがありました。それは形状記憶合金で柱と梁のジョイントをつくると、地震で壊れても熱すると元の形に戻るという修士論文です。発表を聞いて突然、形状記憶合金は建築でも使えるかもしれないと思い、その先生に形状記憶合金の会社を紹介してもらって研究をはじめました。
温度によって形を記憶させた形状記憶合金の直径30cmくらいの輪っかをつくって、それをジョイントで留めていってドームにします。つくるときには球状のスタイロフォームに輪っかをはりつけていって、全部がドームの形になってから、中のスタイロフォームを取り外します。最後にメッシュで覆って完成です。生物のように柔らかくて温度で形がかわるという建築です。

「カサ・アンブレラ」2008 ミラノ イタリア

 Casa di tutti(カーサ・ディ・トゥッティ)、日本語では「みんなの家」という災害のためのパビリオンをつくるイタリアの展覧会に招待されました。カーサから傘を思いついてつくることにしました。周囲にジッパーが付いた傘をつくり、その傘を15個つなげると一つのドームができます。家の入口に傘をたてておいて、災害がおきるとこの傘を持って逃げます。この傘を持った15人が出会うとドームができる。
構造の江尻さんに相談したら、傘はなかなかいいと言います。皆さんご存知だと思いますがバックミンスター・フラーのフラー・ドームは骨組みでドームを支えています。洋傘の場合、膜はテンションを使い、フレームはコンプレッション(圧縮)というテンシビリティ構造を使っているので骨組みが細い、しかし和傘は紙を使っているので骨組みだけで支えるため、骨が太いのだそうです。それで15個の傘の細い骨組みで15人が入るドームができてしまいます。傘には余分に三角形が付いていて、それはドームにした時に窓や入口になります。15人が中で食事をして泊まり、生活することができます。
材料は不織布です。これは根津美術館のカフェの天井にも使っています。

「ウォーターブロック」2007 ミラノ イタリア

 ポリタンクで建築をつくろうという夢をもっていました。ポリタンクがいいのは、水を入れると重くなって水を抜けば軽くなって持ち運べることです。
まず、レゴブロック型のポリタンクを積み重ねて家をつくりました。

「ウォーターブランチ」2008 ニューヨーク MOMA/東京

 さらにポリタンクの中に水を流せるようにしました。簡単に言うと、壁の中に水が流れるということです。普通建築は壁があってそこにパイプが通っていますが、壁自身がパイプにもなって、壁を冷たくしたり温かくもできるので、これは面白いと思い、実験で家をつくりました。外に集熱器があって水を温めたり冷ますことができるし、太陽光で温めることもできます。その温めた水を壁の中に循環させて、部屋にはお風呂やベッドやキッチンがあって、全部ここからの水を利用できます。外のインフラに頼らない自立型のものです。
もう一つ大事なことは、小さなものはそもそも自分が小さいから自立しやすい。大きなインフラに頼らないで生きていけます。

「ふくらむ茶室」2007 フランクフルト ドイツ

 柔らかい材料の追求もしています。
アメリカの建築家リチャード・マイヤーが設計したフランクフルト工芸美術館の庭に、茶室をつくるという依頼がありました。館長と打ち合わせをしたら「隈さん、木とか紙はだめだからね」「ドイツは、若者が夜暴れてなんでも壊すから、木とか紙でつくったら一晩でなくなる」とショッキングなことを言われました。そこで、使うときだけ膨らんで茶室になって、使わないときは倉庫に眠っている茶室を考えました。15分で膨らみます。2枚の膜の間に空気を入れて、自立させています。

「浮庵(フアン)」2007-

 ワシントンの建築ミュージアムで茶室を展示しました。これまでより持ち運びが簡単なように、トランクに入れて運べるものを考えました。ヘリウムの気球とその布を組み合わせてつくった茶室です。この膜は、スーパーオーガンザという日本の会社が作っている地球上で一番軽い布です。普通のレースの10分の1くらいの重さしかありません。

「Air Brick」2010 上海 中国

 さらに小さなものに目覚めて、透明な枕のようなものをつなげて建築をつくりました。枕みたいなものとは、先ほどのウォーターブロックと同じで、全部つながっています。空気を入れると、つながっているそれぞれが膨らんで建築ができます。ETFEという材料を使って枕を作ることができる会社が日本にありました。それを全部チューブでつないで空気とコンプレッサーを入れて建築をつくりました。家具もそれを組み合わせてつくっています。

「Memu Meadows(メム メドウズ)」2011 北海道

 北海道の寒いところに膜の家をつくりました。二重膜の中に空気を通して、空気を断熱材にして暮らしています。僕自身も雪のなか、ここで生活しましたが、寒くありませんでした。夕方、雪の中に家が光っているのはいいですね。

「800年後の方丈庵」2012 京都

 次は磁石を使って家をつくりました。磁石で建築なんかできないと思っていましたが、ものすごい強度があるスーパーマグネットが最近できていることを知って、それで建築をつくることにしました。これは約3m×3mの方丈の空間です。ETFFのシートに細い2cm角の木の棒を貼り付けて、それに磁石を仕込んでおいて3枚重ねると固い壁ができます。
これは下鴨神社から頼まれた建築です。下鴨神社は鴨長明が暮らしていた神社です。彼が晩年に住んだ方丈庵は小さな建築の極地みたいなところですから、現代の方丈庵を磁石でつくりました。

「Pavilion of Incense」2013 ロンドン イギリス

 最後は、イギリスのロイヤルアカデミーから頼まれて香りのパビリオンをつくりました。細い竹ひごを熱で固まるプラスチックで固めていくという原理でパビリオンをつくります。形状記憶合金も細かったのですが、これはもっと繊細な構造です。そこで香りの空間をつくろうとしたわけです。一つはヒノキの香り、もう一つは畳の香りです。建築は最小で、そこで得られる体験は最大にするということを目指しました。これは展覧会用の施設だったので、この原理をいかした本物の建築をつくりたいと考えています。

このように、私は小ささというものが新しい時代のテーマだろう。それは、地方に密着した強さだろうと考えています。今日はそんな例をお話させていただきました。ありがとうございました。

  • お問合せ
  • カタログ

 

 

AICA
Copyright
ページトップ